石川佳純選手の裏話 ~ ロンドンオリンピック ~

 

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 本日はオリンピック期間中にロンドンでネットで偶然見つけたコラムより
石川選手の裏話が掲載してあるコラムに感動したので、ご紹介させていただきます。
 
「数々のタイトルを獲得してきた石川。母の支えのがすごいんです!」
 
 小学校1年の時に遊びで始めた卓球。翌年から元国体選手だった母・久美さんの指導を受けながら本格的に練習するも、練習嫌いで試合ばかりしていた卓球少女~石川佳純~
 
 日本の卓球界で、その早熟な才能は13歳で芽を出した。2007年全日本選手権の一般の部で、強豪をなぎ倒し、準決勝に進出。あの福原愛(ANA)も成し得なかった、史上最年少記録を成し遂げた。その後、同年代では負けなしの強さを発揮し、全国中学校大会2連覇、全日本ジュニア4連覇、インターハイ3連覇と、記録を次々に塗り替え、その底知れぬポテンシャルの大きさを示した。
 
 そんな石川にとって国際舞台での最初の挫折は、08年3月の世界選手権広州大会。準決勝のシンガポール戦に起用され、完敗。この大会は2戦2敗で終わった。13歳で華々しく全日本の舞台に躍り出た石川にとって悔恨だけが残った大会。15歳の春だった。
 
 その年開催された北京五輪を観客席から見ていた石川は「『わあ、すごい』と思っていて、正直、自分がその場にいけるとは思わなかった」と回想する。
 
 翌09年、地元日本での世界選手権(個人戦)では2回戦で世界10位の帖雅娜(香港)から劇的な逆転勝ちを収め、ベスト8に入った。順調に世界への階段を駆け上がりながらも、10年の世界選手権モスクワ大会(団体戦)、同11月のアジア大会(中国)の団体では自分のプレーを発揮できず敗戦。
こうして、勝利と敗北を反復しながら成長を続けていった。
 
~五輪を意識し始めた石川~
 
卓球経験者の母・久美さん(右)は、五輪を意識するようになってから遠征に帯同した。
 10年の世界選手権の後、「今のままでは上の二人(福原、平野早矢香=ミキハウス)に追いつかない。五輪に出られない」と感じて、「自分を変えた」石川。それまで「天才型」と言われており「練習嫌い」だったが、五輪に出たいという一心で、練習量を増やし、打ち方を変えた。と同時に、世界各地で行われるプロツアーやジュニアサーキットにも積極的に参戦していった。ツアー中でも、調整練習ではなく、実力を上げるための練習を繰り返す日々。時には、40度を超す暑さの練習場で何時間もボールを打つこともあった。
 
 五輪代表を意識するようになったそのころから、母・久美さんが遠征にも帯同するようになった。当時、石川は「心強いですね。技術的な指導もしてもらう。注意は受けますけど『コラー!』と怒られることはない」
と笑って答えている。
 一方、「親子だからこそ良い部分と悪い部分があると思う。悪い部分は、本人が甘える部分。良い部分は、精神的につらい時にそれを聞いてあげたり、優しく接することで本人のつらさを和らげることができる点」と久美さん。
 
 そして石川は、「そのころは、『勝ちたい』『五輪に出たい』という一念だけだった。もちろん、ジュニアサーキットに出れば、格下相手にランキングが下がっていくリスクもあるけど、挑戦しなければいけない。結果として、挑戦したからこそ五輪の出場権獲得につながった。負けそうになったことは何回もあったけど、
本当に良い経験になり、勉強になった」と当時を振り返る。
 
19歳石川、3年前の99位からこつこつと6位にまで】
 
石川佳純が世界卓球連盟(ITTF)の世界ランキング(3月1日発表)で、順位を前月から1つ上げ自己最高の6位になった。石川が100位以内に登場したのは3年近く前の2009年4月(99位)。その1年後の10年3月には25位、11年1月には11位。そして翌月2月には8位とついにトップ10入りし、半年前の9月には福原愛を抜いて7位まで上げていた。
この間、国内では2010年に女子初のインターハイ(高校総体)3連覇を達成、昨年1月には全日本選手権も初制覇した。実に22年ぶりの高校生女王の誕生だった。今年1月の全日本では決勝で福原愛の前に涙をのんだものの、ここまで順調に世界ランキングを駆け上がってきた。
世界卓球連盟3月1日発表の女子世界ランキング
(カッコ内は前月)
1位 (1位) 丁寧(中国)
2位 (2位) 劉詩ブン(中国)
3位 (3位) 郭炎(中国)
4位 (4位) 李暁霞(中国)
5位 (5位) 馮天薇(シンガポール)
6位 (7位) 石川佳純(全農)
7位 (6位) 郭躍(中国)
8位 (8位) 王越古(シンガポール)
9位 10位) 武楊(中国)
10 12位) 帖雅娜(香港)
11 (9位) 福原愛(ANA
12 20位) 馮亜蘭(中国)
13 11位) 平野早矢香(ミキハウス)
 
【石川以外の日本勢は軒並み順位落とす】
 
トップ10を守ってきた福原は9位から11位に、平野早矢香は11位から13位にそれぞれ後退。その他、石垣優香は40→45位、森園美咲は43→51位と順位を下げた。それだけに日本勢の中で石川の躍進が目立つ。ただ少し腑に落ちないことも。過去1カ月間、石川が国際大会で大活躍したというニュースにほとんど接していなかったからだ。
 
2月の戦績を振り返ると、上旬のカタールオープンでは2回戦で格下の韓国・石賀浄(当時29位)に敗退。下旬のアジア選手権シングルスでは4回戦まで順当に勝ち上がったが、準々決勝で中国・丁寧(1位)に14で敗れた。丁寧は昨年11月から世界ランキング1位を死守する実力者だ。アジア選手権団体では準決勝のシンガポール戦で馮天薇(5位)に13、ユ・モンユ(35位)にも23で破れて、日本は対戦成績23で決勝進出がかなわなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
【石川、近く5位の可能性も。五輪出場選手では実質4位】
 
それでは、なぜ石川の世界ランクが1つ上がったのか。ランキングポイントを見て、ようやく分かった。7位だった石川は2月の2738から2727にポイントを少し下げたが、6位だった中国・郭躍は2751から2704へ、石川以上に大きく落としていた。つまり石川の6位浮上は郭躍の大きな落ち込みがあったからこそといえる。その郭躍は石川と同じ左利きで、石川が尊敬する卓球選手として挙げる憧れの人だった。
ついに世界で6番。実にすごいことだ。上位4人の中国勢(30362880)とはまだポイント差がかなり開いているが、5位のシンガポール・馮天薇(2733)との差は僅かに6ポイント。石川は近く5位まで上がる可能性も出てきた。
 
 ロンドン五輪の卓球シングルスには男女それぞれ世界の上位28人が参戦する。出場枠は1カ国・地域につき2人まで。そのため上位4位までを独占している中国もこのうち2人しか出場できない。ということは現時点で、石川は五輪参加選手に限ってみると実質4位ということになる。福原の場合は7位に相当する。
 
 
【小学生の時「愛ちゃんみたいに強くなり五輪に出たい」夢実現も間近】
 
石川のことを初めて知ったのは「山口の卓球少女 愛ちゃんめざす」という2005年2月2日付の読売新聞の記事だった。11歳の小学6年生が全日本選手権で大学生のお姉さんを2人も負かしたこと、小学校を卒業したら単身で大阪の卓球強豪中学に入ることなどを紹介し、「愛ちゃんみたいに強くなり、五輪に出て活躍したい」とのコメントで結ばれていた。
 
それから丸7年。その少女は夢に向かって努力を積み重ね、一歩一歩階段を上り詰めてきた。期待に応えて年々成長してくれる様を見せてもらえることほど楽しいことはない。この2月23日で19歳になったばかり。まだまだ成長途上にある。3月下旬にはロンドン五輪団体戦の前哨戦ともいえる世界選手権(ドイツ・ドルトムント)が控えているが、そこでも石川はさらに成長した姿を見せてくれるに違いない。
 
      ~オリンピック期間中、ネットで偶然見つけたコラムより~
 

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