ハリウッドでも指折りの特殊メイクアーティストとして活躍する 辻一弘

いつもIT道場に来て下さりありがとうございます。本日はハリウッドで活躍する日本人の一人として特殊メイクアーティスト辻一弘さんをご紹介いたします。

                    ~[courrier-japon 3月号 P66~]参照~

  日本人に根付いた「こだわり」は映画制作の最前線でも通用する
日本人の仕事への意識の高さは撮影現場でも評価されている、と彼は言う。

               ハリウッドでも指折りの特殊メイクアーティストとして活躍する辻一弘

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『ルーパー』の撮影の合間に、ジョセフ・ゴードン=レヴィットのメイクを整える辻一弘

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まったく風貌の異なる俳優を、ブルース・ウィリスと同一人物に変身させる。それも30歳若い状態に――。そんな不可能を現実にした日本人がいる。ハリウッドで特殊メイクアーティストとして働く辻一弘(43)だ。

現在公開中の映画『LOOPER/ルーパー』で、辻は主役を演じるジョセフ・ゴードン=レヴィットの特殊メイクを担当し、冒頭の難題の解決策を見出した。ゴードン=レヴィット自身も、「たしかにこの男は30歳年の違う同じ人物だ、と観客が感じられるように化けさせてくれた」とその実力を認めている。

映画制作の第一線で活躍を続ける辻は、特殊メイクの仕事で最も重要なのは監督や俳優とのコミュニケーションだと話す。『ルーパー』の場合も、ライアン・ジョンソン監督やゴードン=レヴィットと密に話し合ったことで、メイクのデザインを作り上げることができたと語る。

「ジョセフから最初に依頼を受けたときは、顔のプロポーションがまったく違うので無理だと断ったんです。ブルース・ウィリスはメイクの椅子に座らないことで有名で、凝ったメイクができない。つまり、ジョセフを似せていくしかないわけです。でも、もう一度頼まれてまずはテストだけやってみることにした。そのときに3人でじっくり話して、適度なバランスを見つけたんです」

 

日本人に根付いた「こだわり」は
映画制作の最前線でも通用する
 

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1969年生まれ。特殊メイクアーティスト。高校卒業後、ディック・スミスがメイクを担当した黒沢清監督の『スウィートホーム』や、黒澤明監督の『八月の狂詩曲』にスタッフとして参加。1996年に渡米し、巨匠リック・ベイカーのスタジオで数々の仕事を経験した後、2007年に独立。アカデミー賞にも2度ノミネートされている。

1996年に渡米した辻は、これまで07年に『もしも昨日が選べたら』、08年に『マッド・ファット・ワイフ』でアカデミー賞のメイクアップ賞にノミネートされている。そのほか、『ソルト』ではアンジェリーナ・ジョリーを男性へと変身させ、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』ではCG制作の現場で、若返っていくブラッド・ピットのシリコンモデルのデザインを手掛けた。ブラッド・ピットとの仕事について、辻は「子供みたいに楽しんで仕事をする人ですが、しっかりと理屈の通った意見を言ってくれるのでデザインを考えやすかった」と振り返る。

辻は、米国人とコミュニケーションをとる上で大事なのは、気を遣いすぎず、正直に自分の意見を相手にぶつけることだと話す。そして、監督や俳優たちの求めているものを理解した上で、自分らしさを表現しなければいい仕事にはならない、と断言する。

だがそんな彼も、ハリウッドに渡った直後は日本と米国との文化の違いに戸惑ったという。

「最初のころは大変でしたね。というのも、日本人は親が子どもを教育するときもダメなところを先に言うじゃないですか。でも、米国は逆なんです。まず褒めた後で、問題を指摘するわけです。だから、僕がふつうに注意すると相手は必要以上に気にしてしまうんですね。その切り替えが最初は難しかったです」

また、さまざまな国籍のスタッフが入り交じる映画制作の現場においても、外国人であることへの差別を感じる場面はあった。

「少なくはなりましたが、白人以外の人種に対しては色眼鏡で見るようなところがあるんです。だから、自分を理解してもらうまでに時間がかかるのは確かですね」

 
 
 

日本人に根付いた「こだわり」は映画制作の最前線でも通用する
 

「不安」を乗り越えて

辻が特殊メイクという職業に関心を抱いたのは、高校3年生のときに出会ったある雑誌の記事がきっかけだ。それから特殊メイクの本を読み漁っていた彼は、業界の大御所ディック・スミスの私書箱の住所を見つけ、どんな勉強をすればよいか、と米国に手紙を送った。スミスから、独学で勉強してできた作品の写真を送ってくれれば評価を送り返す、という返事をもらった彼は、高校の担任に英語をチェックしてもらいながら何度も手紙を送ったという。

当時からハリウッドで働くつもりだったという辻だが、さすがに渡米時には不安もあった。だが、「本場でやりたいという欲求のほうがそれに勝っていた」と彼は振り返る。

自分の技術で実際にやっていけるのか――そんな不安を抱きながら働いていてわかったのは、結局は自分にできるベストを尽くすしかない、ということだった。そして、仕事に真剣に取り組んでいるうちに周囲にも認められるようになった。その過程では、日本人の利点を感じたこともあるという。

「日本人で良かったなと思うのは、自然と自分のなかにこだわりやモノに対する尊敬の念が根付いているところですね。それを向こうの人たちもありがたがってくれる。ほかの人たちより一生懸命仕事をしてくれるってね。日本人はもらっているお金以上に仕事をしますから」

日本人に根付いた「こだわり」は
映画制作の最前線でも通用する
 

また、もしかすると日本人は、実際の能力以上に海外へのハードルを高く感じてしまっているのかもしれない。辻はこれまでの経験を通して、米国人より日本人のほうが仕事にこだわりを持っている人が多いと感じているという。

「米国には確かにすごい人もいます。ただ、絶対数を考えると惰性で仕事をしている人が多いのも事実です。9時5時で仕事をして、時間になれば家に帰るという考えかたの人も多い。日本にいると、ごく少数の有名人の仕事しか見えなくて自分の力に不安を感じがちですが、実際に日本を飛び出してみると、こだわりを持っている日本人の仕事のほうが優れていることも多いんです」

幼いころに観た『スター・ウォーズ』の影響で映画の世界に興味を持った辻は、夢の実現に向かって突き進んできた。彼は、いちばん大切なのは自分の身をどこに置くかといった問題ではないと話す。

「ハリウッドで働いていて思うのは、結局、大切なのは自分の意識だということです。日本にいるか、米国にいるかといったことは関係なくて、自分のしたいことがわかっていて、それを行動に結びつけているかどうか。環境を整えればどうにかなる、といった考えかたでは何も起きません。自分の内面にある情熱がいちばん大切なんです」

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『LOOPER/ルーパー』は全国公開中

 
[courrier-japon 3月号 P66~]