金メダル「栄光への架け橋」の瞬間 のアナウンサーの考えていたこと!

「栄光への架け橋」の瞬間 – 2004年アテネ大会 のNHKの実況アナウンサーが次のような
コラムを書いています。

私も、金がとれるのか!とドキドキしながら鉄棒をみていましたが、
このアナウンサーは着地を待たずに金メダルを確信して実況中継をしていたそうです。
その根拠とは・・・・・・・・。

~刈屋 富士雄~

「8・962」。
この数字を見た時の歓喜と湧き上がるような感動は8年たった今でも鮮やかに浮かんできます。
2004年のアテネオリンピック、日本選手団メダルラッシュの一つの象徴とも言われた体操ニッポン28年ぶりの王座奪還の直前に、実況席で私が見た数字でした。
これは体操団体決勝の最終演技者冨田選手が8・962を出せば、日本の金メダルが決まるという数字で、その日の冨田選手の調子と、得意としている鉄棒という種目を考えれば99.9%上回れる得点でした。
しかも、演技の途中でその瞬間が訪れる。
冨田選手の実況を続けながら、冨田選手の演技構成点を見て、頭の中で計算していました。
当時は8・8からスタートし演技した技の得点を加点して、そこからミスした分の点を減点するという採点システムでした。
頭の中で計算した結果、冨田選手が鉄棒に跳びつく直前に、「離れ技のコールマンが決まったところで金が確定する。その後は着地で大失敗して減点されても金は確定する」という結論に至りました。

体操の団体は6種目の合計得点で争われます。
持ち点なしの一発勝負です。
各チーム6人が登録して、そのうち各種目3人が演技をして3人の合計得点がその種目のそのチームの得点です。
ですから、一人失敗するとあっという間に順位が入れ替わります。
日本は最初の種目「床」で7位と出遅れました。
まだまだメダル圏内だという思いと、メダルを逃すかもしれないという思いが実況しながら激しく交錯しました。
「メダルを逃したら何てコメントしようか」ということも実況しながら何度も浮かんできました。
しかし、2種目目、3種目、4種目と日本選手たちはすばらしい演技を見せて追い上げ、メダルが取れそうな可能性がどんどん高まってくると、今度はいつメダルが決まるのかに気持ちが集中していきました。
そして、5種目の平行棒が終わった時に、最終種目、鉄棒の日本の3人の力とこの日の調子からいって99.9%メダルを取れると確信しました。
しかも、最終演技者の冨田選手の着地の時には確実にメダルが取れる状況であることが、かなりの高い確率であると予想できました。
そして、最終種目の鉄棒に入って1人目の米田選手が見事な演技を終えた時、「伸身の新月面は、体操日本復活への架け橋だ」のコメントが浮かび、最終演技者冨田選手のおり技の時に言おうと決めました。

ところが、その確信のコメントをかえさせたのは、「8・962」という数字です。冨田選手の演技構成からして、離れ技「コールマン」を成功した時点で金が確定すると確信した瞬間、「復活」という言葉ではしっくりこない感覚におそわれ、体操日本が20数年かけて取り戻した「栄光」という言葉にかえようと思いました。
ただし、「コールマンが成功したら」と自分自身に言い聞かせました。
ですから、実は実況で「コールマン」の時に「これさえ取れば」といっています。
冨田選手も演技中に「これさえ取れば」と思ったということを後で本人から聞きました。

「これさえ取れば・・何だったの?」と笑って質問してくる人もいましたが、そこで「これさえ取れば金メダル!」と実況しても、見ている人には何のことか分からないんじゃないかと、コメントを途中でやめました。
そして、一番伝わるであろうタイミングを狙って「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」と魂を込めて実況しました。
つまり、あのコメントは、「日本のみなさん、もう金は確定しましたよ、この冨田選手の技が描く放物線は体操日本が栄光を取り戻し、新たな栄光への架け橋ですよ」って言う意味とタイミングだったわけです。

演技の途中、着地の前に金メダルという結果を確信できたという千載一遇の場面にめぐり合えた幸運・・・スポーツアナウンサーを志した時のみずからの夢がかなった瞬間でもありました。


著者プロフィール

刈屋富士雄アナウンサー
1983年NHK入局。
スポーツアナウンサーとして、大相撲、陸上、体操、バレー、競馬、フィギュアスケートなどを中心に28競技の実況を担当。
オリンピック中継は、夏季はバルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ、冬季は長野、ソルトレーク、トリノ、バンクーバーと夏冬合わせて8回現地から実況。アテネでは体操男子団体の金メダル、トリノでは荒川静香選手の金メダル、バンクーバーでは浅田真央選手・キムヨナ選手の対決の実況を担当。
現在は解説委員兼務。
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