ジョージ・フォアマン(アメリカ)について。

今年、41歳で球界を引退した清原選手がいつも目標にしていた人というジョージ・フォアマン(アメリカ)という選手の記事が掲載していましたので、転載させていただきました。
          「ジョージ・フォアマン(アメリカ)について。」

BirthDay:1949.1.10 右ファイター ニックネーム:ビッグ
Record:81戦76勝(68KO)5敗(引退時) Height:193cm

 45歳で世界ヘビー級王座返り咲きに成功した伝説の王者。デビューから最初の王座戴冠時は比類なき強打で並み居るライバルたちを叩きのめし、史上最強の豪打の王者とも言われた。38歳で再起後はシャープなジャブと最小限の動きでディフェンスできるクロスアームブロックで勝利を積み重ね、史上最年長での世界王座就任に成功した。

 メキシコ五輪金メダリスト。’69年6月プロデビュー。’71年5月NABF北米ヘビー級王座獲得。’73年1月22日デビュー37連勝で統一世界ヘビー級王者ジョー・フレージャーに挑んだ。試合前の予想では"人間機関車"とも呼ばれ、並みいる強豪を破り難攻不落ともいわれたフレージャー有利と思われていたが、試合は恵まれた体格と類まれなる強打を持つフォアマンが王者を圧倒。1Rに3度、2Rにも3度ダウンを奪ったフォアマンが2RTKOで勝利。衝撃的な王座交代劇で王座を獲得した(V2)。’73年9月1日ジョー・キング・ローマンに1RKOで勝利しV1。’74年3月26日"アリのアゴを叩き割った男"ケン・ノートンに2RTKOで勝利しV2。
 ’74年10月30日元統一世界ヘビー級王者モハメド・アリとタイトルマッチをおこなった。試合前の予想ではパワーで上回るフォアマンが圧倒的有利と思われ、実際にフォアマンがアリをロープに追い詰めて猛攻をしかける。しかし、ロープにもたれかかったアリは伝説の"ロープアドープ"という戦法でフォアマンの強打を吸収。徐々にスタミナを失っていたフォアマンにアリの右ストレートカウンターが強烈にヒットし、フォアマンがノックダウン、ダメージの深いフォアマンは立ち上がることが出来ずに8RTKO負けで王座陥落。ザイールのキンシャサでおこなわれたこの試合は"キンシャサの奇跡"と呼ばれ伝説となっている。

 その後ジョー・フレージャーとの再戦に勝利するなど勝ち星を重ねるが、’77年3月にジミー・ヤングに敗れたことをきっかけに引退を表明。グローブを壁に吊るすことを決心した。

 しかし現役引退から10年後の’87年3月、再起戦をおこないカンバック。
 再起後24連勝で世界戦線へ浮上、’91年4月19日統一世界ヘビー級王者イベンダー・ホリフィールドとタイトルマッチをおこなった。試合はシャープなジャブとタフネスで健闘したものの、スピードで上回るホリフィールドが判定で勝利。しかし42歳のフォアマンの健闘はファンの賞賛を受けた。
 ’93年6月7日マイケル・モーラーの返上したWBOヘビー級王座をトミー・モリソンと争い、12R判定負けでタイトル獲得ならず。

 ’94年11月5日マイケル・モーラーの持つWBA・IBF世界ヘビー級王座に挑んだ。試合はスピードで上回るモーラーがコンビネーションとフットワークでペースを掌握、このまま判定でモーラーが勝利するかと思われたが、10Rにフォアマンの右ストレートが強烈にヒット。深刻なダメージを被ったモーラーは立ち上がることが出来ずにフォアマンが10RKOで勝利。45歳10ヶ月という史上最年長で奇跡の王座奪取に成功した。その後、防衛戦不履行によりWBA王座剥奪。

 ’95年4月22日アクセル・シュルツ(ドイツ)に判定勝ちしIBF王座V1。IBF王座も防衛戦不履行で剥奪。
 ’97年11月22日シャノン・ブリッグス(アメリカ)に判定負け。フォアマンが勝っていたのでは?という周囲の声もあった微妙な判定だったが、この試合を最後のフォアマンは試合をおこなわず。8年後の’05年11月現役引退を表明した。

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