祝!オリンピック東京決定!

 
 

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           ~写真はFBのネット記事より引用させていただきました感謝m(._.)m~
 
 
オリンピック、東京決定!

おめでとうございます\(^o^)/
馳ひろし先生の海外でのコツコツと海外でのロビー活動!と日本国民の皆様の思いがみのりました!
 
今までの五輪招致は報道のご指摘のように、私も”ロビー活動”が弱点だったと思います。
 
馳先生のプロレスラー時代に学んだ、ネイティブ並の英語やスペイン語etc・・
 
また、こころに訴える”ロビー活動”での招致活動が成功の鍵を握ったのではないかと思います。
馳ひろし先生!我々にビックで素晴らしいプレゼントありがとうございました!
 
日本や世界の平和を目指し、
さらに日本や世界のリーダーとして頑張って下さい。

私も頑張ります。

応援しています。

 
 
 
                           ーつづくー
 
 
余談:
 
(私が高校1年生、はせ先生が母校星稜高校の教育実習で古文漢文を教えてくださった時から、
 
ずっと私たちの先生です。)
その時からこころに決めた、『はせひろしを総理にする会』の代表の不肖わたくし 中村仁洋。
 
小さい頃から頑張り屋さんだとはせ先生の同級生に聞いています。
 
そんなはせ先生は、チビッコたちにも是非、紹介したい素晴しい先生の一人です。
 
 
                         
 
                        ~おまけのコーナー~
 
 
はせ先生より、裏舞台が推測される一報が、たった今、私のもとに入ってきましたのでお知らせさせていただきます。
 
一日飛行機のなかなので、日記には書けなかった出張異聞をまとめてみます。

どうぞ!

① タイブレイク事件

・・・9月7日、午後の開催都市発表の時のこと。

サマランチが、ぼそぼそとしゃべるので、単語が聞きづらい。

「タイブレイク(引き分け再投票)」

の言葉だけが聞こえた。

「え、どういうこと?」

と、ヒルトンホテルのロビーで待ち構えていた東京招致委員会メンバーは、一様に不安げ。

そしたら、いきなり、スクリーンに映し出されていた「TOKYO」の文字が消え、「MADRID」と「ISTANBUL」の二文字だけが残った。

「え、東京は消えたの?負けたの?どうなのよ・・・・」

と、顔面蒼白。

隣りにいた招致委員会の荒井ゆきこさんまでもが、

「え?私もよく聞こえなかった。どうしちゃったんだろう・・・・

と、消え入りそうな声。

そしたら、その場で決選投票が始まった。

「え?決選投票の発表は午後5時からじゃなかったの・・・・」

と、あれよあれよと不安が増幅する間にも電子投票は進み、なんと、Istanbulが勝ち抜いた。

「イヤッホー!!!」

と、ロビーの一角で歓喜の雄たけびを上げるIstanbul招致団。

茫然とする反対側にいたマドリッド。

さらに愕然とする、ど真ん中にいた馳浩。

ところが・・・

Istanbulが勝った瞬間に、スクリーンには、消えていた「TOKYO」の文字が復活。

「あれ?」

そしたら、

「では、TOKYOとistanbullで決選投票を行います。この発表は午後5時から2階のホールで行います!」

とのアナウンス。

膝の力が抜けたよ。

なんだ、一回目の投票で、東京は42票でトップだったんだ!

で、26票で、マドリッドとイスタンブールが並んでいたわけだったのか!

ジャック・ロゲ会長、頼むから、滑舌よく発音してよ・・・・と胸をなでおろしたのであった。

② コングラチュレーション事件

・・・そして午後4時40分過ぎには2階の発表会場へ入場。

まだ、壇上のIOC委員席に空席も目だつ早い時間帯にホールに入る。

と、顔見知りの、さるIOC委員が、わざわざ立ち上がって、そろりそろりと近づいてきた。

ふだん、ぶっきらぼうなこの人は、左手はポケットに手を突っ込んだまま、そして右手を自分の口元に当てて、こそっとこう漏らした

「ひろしさん、コングラチュレーション」・・・。

その蚊の鳴くような小さな声を、馳浩はもちろん聞き逃さなかった

(え!コングラチュレーションってことは、勝ったのか?)

その白髪頭のIOC委員は、ニヤッと笑ってすぐに表情を元に戻し、自分の席に戻った。

さりとて、ウインクだけは忘れずに、また目くばせの合図をしてきた。

これはもう、間違いない。(・・・と思う♪)

(東京は勝った!)

あとは心を落ち着けて、ロゲ会長のアナウンスを待つだけだ!

③ ああ、勘違い事件。

・・・そして運命の午後5時。司会進行役の男女が軽妙なやり取りでその場の空気を盛り上げ、あおる。

さんざん気をもませた挙句、スクリーン映像に切り替わった。

その瞬間、istanbulの招致都市のロゴマークが大写しに。

またしても、istanbul招致委員会チームが2階ホールに響く絶叫を始めた。

なにごとか!?と壇上のIOC委員もびっくり仰天。

スクリーンにイスタンブールの招致ロゴマークが映し出されただけなのに。

それを見て、「自分たちが五輪開催都市に選ばれたんだ!」と勘違いして絶叫したistanbulチーム。

・・・・・・・・・

・・・・もう、やめてよ、そのかん違い。

だって、開催都市発表は、ジャック・ロゲ会長が、うやうやしく封筒を広げて、その中の紙を読み上げるという段取りになってたじゃないの!

その前のあおり映像の順番が、istanbul~東京~マドリッドだっただけ。

そのかん違いにようやく気付いておとなしくなったistanbulの招致団に対して、壇上のIOC委員から温かい微笑みが送られたのは・・・・どういう意味?

その意味は、そう。

IOC委員は皆、東京が勝ったことを知っていたはずだから。

④ 歓喜の9月7日を迎えるその一日前、日本招致団は苦渋の表情だった。

・・・汚染水問題が尾を引いていたから。

急きょ、事前記者会見で、馳浩に補佐役答弁の役割が回ってきた。

こちとら、国会議員。

政府からの資料もいただいており、「放射性廃棄物対策法案」の提案者。

「事実に基づいて判断していただきたい!」

と、汚染水の不安払しょくの科学的根拠や、東京電力ではなく、政府の対処方針を説明。

この問題については、竹田JOC会長や水野招致委員会CEOや、猪瀬都知事が答弁するには酷な内容。

ちょっと長くはなったが、明確に不安払しょく答弁後、この問題についての追及質問はなくなった。

「あとは、安倍総理が明確に事実関係を答弁します!」

との発言に、納得がいただけたもよう。

良かった!

 
 
2020五輪&パラリンピック。
トウキョウが選ばれた。
 
 一夜明けた今、その要因はなんだったのだろうと、振り返る。
 投票結果から、判断してみたい。
 
 一回目の投票は、東京42・イスタンブール26・マドリッド26。
どうも、マドリッドのロビー活動が激しく、東京に勝たせたいグループが、イスタンブールに票を回したようだ。
そしてタイブレイクでの再投票で、イスタンブール49・マドリッド45。
イスタンブールが振り切って、決選投票へ。
 
この時点で、東京の勝ちは読めた。
 
 「サマランチにはすでに義理を果たした。スペインではバルセロナ五輪を開催したし、息子をIOC委員に選び、理事にまでした。近代五種も守った!」
という古株の声があったので、マドリッドはないと踏んでいた。
 
 東京か、イスタンブールか、の選択は、60-36。
 圧倒的な票差。
 
そこには、ソチ五輪やリオデジャネイロ五輪の準備状況の遅れや、現地でのデモなどが影響していた。
 「本当にオリンピックをちゃんと開催できるのか?オリンピックレガシーを遺せるのか?国民が支援しているのか?」
 
そういう懸念が、票差に表れた。
 2024年にパリ大会を開催したい欧州の国々は、東京支援に確実な力を発揮してくれていたし。
その点では、東京に対する支持と信頼は、一貫して厚かった。
 
ただ、
 「それだけではだめだ。物語が必要だ!」
という力強いアドバイスを、有力なIOC委員からいただいていた。
そして、政治的なリスクを減少させることも。
さらに、8月中旬に入っての汚染水問題。
 「トウキョウは安全じゃなかったのか?!」
という懸念が一気に拡大していた。
 福島復興ストーリーは、諸刃の剣でもあった。
なぜ、東京か?のWHYにこたえるには、復興へのスポーツの力が必要だとのストーリー。
それは佐藤まみさんがきちんと伝えてくれるのだが、「安全」の根底を覆しかねない汚染水処理問題。
さぁ、どうする?
・・・最後の最後で、高円宮久子妃殿下の震災支援でのIOCへの感謝の念と、安倍総理の「安心宣言」が、その懸念を払拭した。
 
そして、「スポーツ フォー トゥモロウ」事業の具体的数値や国の財政保障もインパクトを与えた。
オールジャパンの勝利。
 
 招致チームの戦略が、見事に当たった。
 祝勝会では、招致コンサルのエティエンヌ氏と、涙の抱擁。
 「俺はこのチームを誇りに思う!」
 「俺は、お前を誇りに思う!」
と、エティエンヌ氏に、感謝。
 
そんな余韻をかみしめながら、今朝も7時半過ぎからジョギング1時間。
 途中、エルサルバドルにフェリーで観光に向かうという早坂都議ご夫妻と、ばったり。
 
 「よかったですね」
 
 「よかったですね」
 
と、笑顔の握手。
 
 本当に、うれしい。
 
 昨日、歴史的な一瞬を迎えたヒルトンホテル周囲には、もう招致関係各国のメディアもおらず、静かだった。
しっかりと汗を流した後は、シェラトンホテルに戻り、出発の準備。
 10時半には出発し、再度ヒルトンホテルへ。
 
 2020五輪は、東京開催!
 
この半年間のロビー活動を改めて振り返れば、感慨深い。
 
と同時に、これが終わりではない。
 
ご支援いただいた各国JOC委員や、情報をいただいた関係者へのお礼参りも必要。
 
 築いた人脈は今後の財産。
 
これからは、「2020東京五輪パラリンピック成功」のために尽力しなければ!
 
・ スポーツの力で世界平和を
 
・ 政治的困難を乗り越えるオリンピック精神を日本から世界へ
 
・ 震災復興の力をスポーツで
 
・ 青少年に希望と夢を
              ~ブエノスアイレス(アルゼンチン)、はせ日記より抜粋~

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